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▶ 今月のお題
・ 落下の解剖学
・ 52ヘルツのクジラたち
・ スペースマン
・ FEAST -狂宴-
落下の解剖学
2023年/フランス 2月23日公開
監督:ジュスティーヌ・トリエ
出演:ザンドラ・ヒュラー、スワン・アルロー、ミロ・マシャド・グラネール
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公式サイト
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第76回カンヌ国際映画祭でパルムドールを受賞したヒューマンサスペンス。雪山の山荘で父親が転落死しているのを、視覚障害のある11歳の息子が発見。作家である妻サンドラに殺人容疑がかかり、混乱に満ちた裁判の幕が開く。
さとうかずみ ★★★★☆
榎本志津子 ★★★★☆
当事者以外の人間にとって、事実や真意はそれほど重要ではなく、自分が見たいように物事を見て「こうだったらおもろいな」と勝手に作り上げたストーリーを読み取るものだよね、というお話。男女間で女性のほうが成功者だったり奔放だったりといった設定はイマドキだけど、むしろ普遍的な人間の多面性についての話で……とかそんな本筋がどうでもよくなるくらい犬のスヌープ君が最高に賢くてかわいくてすごい。犬映画の大傑作。
カスミ ★★★★☆
全員が嘘をついていた。裁判官も検察も妻も子供も。みんな自分を守りたい、自分のために、それを強く感じた。とてもリアルで恐ろしい、スクリーンを越えた生々しい裁判と夫婦喧嘩がそこにはあった。まるで私は妻で、夫と喧嘩をしている気持ちに駆られる。言いたいこと全部言っている、何も包み隠していない、緻密なあの喧嘩は本当に圧倒。鑑賞者はどちらかに寄り添って感情移入しやすい映画なのではないだろうか。
Taul ★★★★★
事件を元に人々が自分が信じたいように語り合う、人間の不確かさに迫る設定や脚本が見事すぎる。法廷がまるでこの夫婦をネタにした創作合戦の場に。フランスの法廷はエスプリを楽しんでるみたいだし、憶測で盛り上がるSNS批評のようにも思えた。『TAR/ター』に似て、男女、性的指向、地位などでのバイアスが渦巻き、見ている自分も固定観念が揺れ続けた。自分は何で判断しているのか。メスが入るのはこちらの頭の中だった。
マリオン ★★★★★
登場人物たちがそれぞれの解釈で導き出した真実を語らずにはいられない、または語ることを強制されているかのような状況は最近のSNS上に漂う空気感を思い出す。誰もが自分に都合のいい真実を信じ、真実を知る者として振る舞うことをやめられない。そして、一面的な視点で他者をジャッジし続ける。自分の中にある無自覚な傲慢さを嫌というほど自覚させられ、シンプルで分かりやすい答えなんてそうそうないことを改めて実感した。
村山章 ★★★★★
なんちゅうムチャな裁判か!と双方の論法から服装から法廷のインテリアにすら驚いたけれど、監督が「フランスの裁判はカオス」と話していたのできっとこんなんだと信じることにする。ミステリー仕立てはあくまでも隠れ蓑で、謎解きを期待する話ではない。人は満足な情報が得られない時に、いかに見たいものしか見ず、思いたいように解釈するのかという知的実験がコワ面白くて、人間関係から時事問題まで汎用性の高さも凄まじい。
リン・ホブデイ ★★★★★
Snoop Doggy Dog ワンちゃんと子役の名演はさることながら、ヨーロッパならではのさりげないクールさが光る。ドイツ人とフランス人の夫婦の共通言語が英語。その設定に共感。お互いに母国語ではない夫婦喧嘩の中身と率直さがすとんと刺さった。また物語の世界内でしか音楽が鳴らない(いわゆるダイエジェティック音楽)。その演出も良かった。意外とキャッチーで、TikTokのエディットに合う場面が多い映画。
52ヘルツのクジラたち
2024年/日本 3月1日公開
監督:成島出
出演:杉咲花、志尊淳、宮沢氷魚
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公式サイト
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東京から海辺の街の一軒家に移り住んできた貴瑚は、虐待を受け声が出せなくなった少年と出会う。彼女は少年との交流の中で、かつて自分の声なきSOSを聴き取り、救い出してくれた人との日々を思い出す。2021年本屋大賞受賞の町田そのこの小説を杉咲花主演で映画化。
さとうかずみ ★☆☆☆☆
榎本志津子 ★☆☆☆☆
現代社会における問題をあれもこれも詰め込んで全部のせ!こんな世界で生きていくことについて訴えたい!という気概は、俳優の熱演からも伝わってくるし、たしかに今、考えるべき題材を取り扱っているとは思う。が、肝心の物語も設定も描写も、あまりにもテンプレ通りで薄っぺらすぎて興ざめ。こういうテーマならば、せめてリアリティを大事にしてほしい。まず第一に、児童相談所ってあの世界には存在しないのかな。
カスミ ★★★★☆
52ヘルツと一括りにされていたが、もしかしたらみんなそれぞれ違うヘルツで泣いて、結局誰にも声が届かない孤独な人間なのかもしれない。分かり合うためには、どちらが波長を合わせる必要があり、だからこそ聴こえない声を拾うことができる。アンさんがそれを象徴していた。聴こえない鳴き声を拾い上げられる人は、聴いてもらえない経験がある人なのかもしれない。52ヘルツのクジラたちにすらなれない声に傾けていきたい。
Taul ★☆☆☆☆
不幸な状況やマイノリティを扱う上で、専門家の監修を入れ、トリガーウォーニングをした配慮は買うが、描き方自体は大いに疑問。あまりに露骨に感動のための道具にしていないだろうか。深刻な題材を多く扱うが、何ひとつ真剣に掘り下げず、悲劇性のみで観客の心を動かそうとするので、不自然で安っぽいドラマしか生まれない。やたら傷つくとこを見せつけ、心情を吐露して泣き叫ぶのは下品だと感じた。1歩進んで5歩下がった印象だ。
マリオン ★☆☆☆☆
いちいち説明的なセリフや類型的で深みのないキャラクター像、過剰で安っぽい演技がDVやヤングケアラー、トランスジェンダーといったテーマを軽いものにしてしまう。当事者たちの複雑な事情を単純化し、彼らの物語を感動のダシとして消費していくのはあまりにも失礼。「当事者の視点を大切にした上でどうやって届けるか議論し続けた」と語る製作陣の鼎談も読んだが、いくらなんでも言ってることとやってることが違いすぎる。
村山章 ★★☆☆☆
言葉、言葉、言葉に、説明セリフ、説明セリフ、ベタすぎる文字情報に、絶叫、絶叫、大声大会! 苦しんでる当事者に寄り添い今の時代の表現を模索しようという真摯さは(出演者インタビューから)伝わってくるんだが、序盤から言葉に頼り切ったやかましい表現に辟易してしまう。大勢に伝えるための苦肉の策のつもりかも知れないが、わかりやすさと乱暴さは紙一重。最初の居酒屋シーンはキャッチの勧誘にしか見えず笑っちった。
リン・ホブデイ ★★☆☆☆
Not a wildlife movie 率直な感想… 盛ったわね。現代の深刻な社会問題のpick & mix。トランスジェンダーの心情を描くならプロット・デバイスとしてではなく、慎重に、丁寧に扱うべき。暴力もそう、自死もそう。海辺の家のロケが美しく、ヒロインの現在の話、52の男の子との関係などに焦点を絞ればもっと夢中になって観られたのかもしれない。泣き喚く、泣き崩れる大人たちの中、52の静かな一粒の涙の方が多くを物語った。
スペースマン
2024年/アメリカ 3月1日配信(Netflix)
監督:ヨハン・レンク
出演:アダム・サンドラー、キャリー・マリガン、ポール・ダノ
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木星に現れた謎の雲を探索する単独ミッションもすでに6ヶ月。長く孤独な日々に苦しむ宇宙飛行士ヤクブだったが、地球にいる妻からの連絡が途絶え、いよいよ精神を病んでいく。そんな彼の前に船内に潜んでいた謎の生物が現れる。
さとうかずみ ★★☆☆☆
榎本志津子 ★★☆☆☆
遠く離れた宇宙でひとりきり。単調な毎日の中で、考えるのは電話に出ない妻のこと……というエモ設定と、記憶の中を描く映像のおもしろさや、哲学的セリフにごまかされそうになるけど、どう考えてもヤクブがひどい。そりゃあレンカも別れたくなるよ! 宇宙に行ってハヌーシュに言われるまで気づかなかったの!?と憤慨。ただ、ハヌーシュがヤクブを呼ぶ「スキニーヒューマ~ン」という言い方は愉快で、鑑賞後ひとりでちょっと真似しました。
カスミ ★★☆☆☆
幻覚なのかなあ。いくらみんなと離れていて死と隣り合わせの生活だからって、あんなに怖い物体と分かり合えるなんて恐ろしいですね。
急に密室の空間であんな物体が現れたら、、、
もしかしたら寂しさのあまり自分が作り出した妄想なのかもしれない。
すぐに交信できたり、謎の生き物がペラペラに地球の言葉を話していたりと色々気になることが多い作品ではあるが、そういう意味でスペースマンなのかな。
Taul ★★★☆☆
『惑星ソラリス』から『アド・アストラ』まで、宇宙の深淵さと心の問題を重ねるタイプのSF。中年男の身勝手な贖罪話だが、人の話を聞いてるようで聞かず、独りになって愚かさに気づくみたいなことを繰り返してきた自分には、他人事とは思えない。20世紀みたいな電話の描写では、回線を通して心が繋がり生の声で伝え合った昔の感触が蘇った。結局、宇宙グモくらいしか新鮮味はなかったが、自分を重ねやすいこの手のSFは好き。
マリオン ★★★★☆
愛し合っていたはずの2人の距離が物理的にも精神的にも離れてしまうセンチメンタルな展開や他者と向き合うことができない男の孤独と宇宙が接続するエモい飛躍はまるで新海誠作品を見ているかのよう。少しずつ弱さを開示できるようになっていく男と彼の悲しみに寄り添う宇宙人の関係性も尊い。そして、優しく語りかけるポール・ダノの声とマックス・リヒターの荘厳な劇伴からは絶大なヒーリング効果が得られる。とても癒された。
村山章 ★★★☆☆
あのヘンテコ宇宙人の目の表情とポール・ダノの声の魅力に★ひとつ進呈。ちっぽけな家族や個人の葛藤を宇宙レベルに引き伸ばしてミクロとマクロを一体化させる先例はソダーバーグ版『ソラリス』などいろいろあるが、いくらなんでも最初から主人公が出すべき答えが明白すぎて壮大な舞台装置がまどろっこしくてしょうがねえ。ビジュアルもいいしサンドラーもマリガンも演技の達人なのだから、もすこし深いところまで連れてって。
リン・ホブデイ ★★★☆☆
Itsy bitsy spider スケール感からして、なぜ劇場公開しなかったでしょうか? キャスティングは明らかに興行を意識。東ヨーロッパの物語ならば、その雰囲気を醸し出す主役が良かった。アダム・サンドラーの話し方のケーデンスがどうも気になった。しかし孤独な宇宙飛行士と出逢う巨大クモのハヌーシュが大のお気に入り。ポール・ダノのボイスワークも素晴らしい。ハヌーシュ様、いつでも我が家においで。あなたのセラピー受けたい!
FEAST -狂宴-
2022年/香港 3月1日公開
監督:ブリランテ・メンドーサ
出演:ココ・マーティン、ジャクリン・ホセ、グラディス・レイエス
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フィリピンの田舎町で交通死亡事故が発生。加害者側はレストランを経営する裕福な家族で、息子を庇い父親が収監される。被害者側の家族は大黒柱を失って困窮するが、加害者側に使用人として雇われ面倒を見てもらうことに……。
さとうかずみ ★★★☆☆
榎本志津子 ★★★☆☆
さすが“FEAST(ごちそう)”。劇中に出てくる料理が作る過程からすべておいしそうで、食べた経験がないために見ただけでは味の想像がつかないのが悔やまれるほど。ホラー好きとして“狂宴”の部分に期待しすぎたとはいえ、美しい食卓と風景と、最終的な物語の着地点との乖離がすさまじく、「どういうこと?」と首をかしげているうちに終わっていった。それでも、食文化を含めてフィリピンにとても興味がわいた不思議な作品。
カスミ ★★☆☆☆
私には考えられない。自分の大切な人を殺した人たちと一緒に暮らす、しかも召使なんて。
流れが急すぎて、この展開が狂っているというよりかは、追いつけない私が狂っていて、作品自体も突然なことが多すぎて狂っているという狂うのオンパレードだった。
え、急に告白?なになに?!何が起こるの!
と思うよりも先に答えが出できて映画のスピード感と狂い具合に置いてけぼりになった。
もはや誰が、何が狂っていて狂宴なのか。
Taul ★★☆☆☆
監督によると赦しがテーマとのこと。聖書の色が濃く、罪を憎んで人を憎まず的な寓話のように思える。格差や遺恨から恐ろしい展開になる作品が多いことへのアンチテーゼもあるのかも知れない。と、頭では理解できるが、被害者側の内面を描かず、赦しや贖罪に対する葛藤が分かりにくい演出で、感情的には呑み込みにくかった。ありがちな展開を回避するのは面白いが、見る側を煙に巻きすぎではないだろうか。不気味な作品だった。
マリオン ★☆☆☆☆
富裕層と貧困層、加害者家族と被害者家族。『パラサイト 半地下の家族』や『対峙』のような対立や苦悩が待ち受けているかと思いきや、あっさりと贖罪と赦しが果たされる。赦しの過程よりも人間が初めから備え持っている善良さを信じたいのは分かるが、人間ってそんなに単純じゃない。邪悪な一面だってある。だからこそ善良でありたいと悩み続けるのではないか。過程を大切にしない今作を僕は信じることができなかった。
村山章 ★★★★☆
副題に「狂」って付いてるし富裕層の身勝手なクソっぷりが随所で描かれているものだから狂は凶に通じるなんて思ってしまったのがまんまとワナ。観る側の思惑を踏み倒すラストの衝撃になんなん?この映画どういうつもりよ!となぜの嵐に襲われてネット検索したら監督がつもりを克明に説明していたが納得も共感もできない。ってか監督の赦しのレベルが高すぎんねん。でも全シーンが不穏で面白く全料理が美味しそうなんで降参です!
リン・ホブデイ ★★★☆☆
Food, glorious food! 初めて観るフィリピン映画。それもあって、ストーリーはどうでも良かった。フィリピンの食文化、日常生活の描写、風景など、トラベログ的な感覚で楽しめた。副題から結末を想像できたので、一皿一皿を怪しんだ。そもそも食べ物は人生そのものと感じた。市場の道端で売られる魚たちの血まみれの姿がエグくてその後の事故の予兆では? 冒頭の食事の支度は家族愛の象徴とか。皆で食卓を囲むのっていいな〜。

年度末、ただでさえ予定が立て込むのに、考えなしにさらに盛っていった結果、出かける前、家にいながら「お家に帰りたい……」という気持ちになったりしています。春ですね。
改めて色んな見方がある面白さに気づき、映画ってすごいな、色んな世界に触れられるなと実感しています。相手に伝えようと思っていつも以上に張り切って映画を観ました。

映画好きな人との駄話で盛り上がった後で、アレッと思い調べると、お互い間違った情報で話してたのに気づくのも、また楽しいもんです。
3月といえばアカデミー賞。毎年受賞予想をするのですが、今年は18部門当たりました。いつか全部門当ててみたい。
『FEAST』効果でまんまとフィリピン料理を食べに行ったら未知の世界が開いた。パンパンガ州を旅して映画で見たものぜんぶ食いたい。
ディスるのは一瞬。でもどの映画も多くの職人によって作り上げられている。あまり共感できない作品でも評価すべきところが必ずある。観れば観るほど映画っていいね。
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