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▶ 今月のお題
・ アリスとテレスのまほろし工場
・ コカイン・べア
・ フローラとマックス
・ シック・オブ・マイセルフ
アリスとテレスのまぼろし工場
2023年/日本 9月15日公開
監督:岡田麿里
出演:榎木淳弥、上田麗奈、久野美咲
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『さよならの朝に約束の花をかざろう』で監督デビューを果たした脚本家の岡田麿里による長編第2作。製鉄所の爆発事故によって時間が止まってしまった町。鬱屈とした日常を送るふたりの中学生は、狼のような少女との出会いをきっかけに世界の均衡を揺るがすことになる。
さとうかずみ ★★☆☆☆
榎本志津子 ★☆☆☆☆
自意識過剰で他者は二の次だった中二病最盛期に書いた、青臭い恋愛小説モドキに、くり返し手を入れ、煮詰め、視野狭窄の純度を高めていったようなストーリー。それを日本最高峰のアニメーションスタジオが本気で映像化した、圧倒的怪作。破綻した物語でも、美しい映像と情緒豊かな演出でコーティングすれば観られるものになっちゃうんだな。とはいえ、この技術を使うならもっとほかに語るべき物語があったんじゃないの?
Taul ★★☆☆☆
思春期のリビドーがむき出しで表現され、年齢的に対象外かと感じるほど無理だった。女性が幼女、花嫁、母などの象徴性を帯びるのも気持ち悪い。ただ日本の失われた数十年みたいな閉塞感には共感。子どもみたいなまま、現状維持でやり過ごしてきた様子が似てる。本音と裏腹な言葉が飛び交うのは、そんな現状を否定するもここで生きてくしかない葛藤からだろう。合わない作品だが、その部分とレクイエムのような終り方は切なくて良かった。
マリオン ★★★★★
「好き」という感情がすべてをメチャクチャにしていく。大嫌いなのに愛さずにはいられない。傷つくと分かっていても想いをぶちまけずにはいられない。矛盾だらけな感情の発露と衝突は超新星に等しく、その輝きに生きる意志が宿る。キミとボクの恋が世界を壊す話に躊躇せず己の拗れたパトスを200%さらけ出す岡田麿里に僕のようなセカイ系野郎は感動するしかない。岡田麿里からのパトスを受け止め、僕はこれからも生きていく。
みえ ★☆☆☆☆
絵は綺麗だし、閉じ込められた世界で亀裂の向こうに別の世界が見える作りも独特で、見入ってしまう。でも、世界に亀裂をもたらすほど登場人物の心を動かすものの正体が、「〇〇君のことが好き」だけの具体性を欠いた恋愛感情ばかりでは、私の心は動かない。いっそ「あんなに好きだったガリガリ君ソーダ味のことが、真冬続きで嫌いになってしまった」なんて喪失感と未練を伴う心変わりのほうが、私は納得できたと思うな。
村山章 ★★★★★
この映画を構成している美意識や思想、哲学の保守性にゾワゾワして途方にくれる。個人のアイデンティティの探求や青い恋心を世界の存亡にまで飛躍させるのがセカイ系なら、“社会”への意識が不安になるほど欠落してる本作はまさに究極。自分とは相容れない表現に注ぎ込まれた情熱と才能の総量が凄まじく、キモさと羞恥の嵐に翻弄されて脳内4DX状態。100かゼロか、観ない人生よりは観といてよかった。
室千草 ★☆☆☆☆
裂け目と現実と幻。幻側からの裂け目の絵の表現は美しく期待したけど、セリフが心にこない。むしろどんどん置いてきぼりになっていき、最後のセリフからの中島みゆきは「あかん」と思わず小声でポツリと言ってしまった。かの『二百三高地』(舛田利雄監督)でさだまさしの歌が流れるシーンのように、延々とこの裂け目を見せられていたら、私は果たして心動かされていたのか?
コカイン・ベア
2023年/アメリカ 9月29日公開
監督:エリザベス・バンクス
出演:ケリー・ラッセル、レイ・リオッタ
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公式サイト
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野生のクマがコカインの過剰摂取で死亡した事件に着想を得たパニックアドベンチャー。セスナ機を使い、上空から大量のコカインを森に投下する運び屋が、落下地点を伝える前に誤って死亡。その結果、森に残されたコカインでハイになった凶暴なクマが生まれてしまう。
さとうかずみ ★★★☆☆
榎本志津子 ★★★★★
見渡すかぎりバカばっか! そんなバカたちが、ガンギマリクマちゃんに右往左往。災厄の塊(クマ)に、どんな命も等しく奪われることも、圧倒的強さや英知で助けてくれる人間なんて存在しないことも、全部がリアルで非常にフェア。世界はそんな風にできてるし、あなた方も、もちろんわたしもバカなのだ。80年代ヒップホップの大名曲「ホワイト・ライン(コカイン撲滅啓蒙曲)」がエンドロールで流れるところまで、完璧で最高。
Taul ★★★☆☆
実話からこの趣向とタイトルが浮かんだ時点で勝ちでは。その面白さを活かすため、映画の作り自体を舞台と同じ80年代風、しかもB級テイストで仕上げる。熊に襲われる残酷ドタバタ、薬物やマチズモ駄目の教訓、母は強しの親子愛と、すべてユルめでやり過ぎない程度の面白さ。正直物足りない。でも深読みはいらず、ラリックマが嫌な奴をバタバタ殺していく様子を安心して楽しむ。こういう感じは今や貴重ではないだろうか。
マリオン ★★★☆☆
出オチのような設定だが、中身はしっかり作り込まれていて製作陣のサービス精神を感じる。個性的な登場人物たちが織りなす群像劇が丁寧に展開され、バラエティ豊かな死亡シーンの数々には大爆笑。そして、自分に悪影響を与える人とは距離を置いた方がいいというメッセージの真っ当さに救われる。親身になってくれる友達や家族、コカイン(クマ限定)は心に平穏をもたらしてくれる。そういう意味ではチルアウトな映画かもしれない。
みえ ★★★★☆
北アルプスの登山道で、一度だけ熊を見た。50mほど離れた茂みの黒い巨体を横目に、慌てず騒がず通り過ぎ、事なきを得た。あのときの熊が、コカインでなくとも人肉の味を覚えた個体だったら、この映画みたいに執拗に追われて惨殺されたはず。追われるスリルと殺され方のバリエーションの豊富さを映画館の安全圏で楽しみながら、恐ろしすぎる現実を笑い飛ばすお手本のような映画だと思った。コカインも熊も、ほんと舐めちゃダメ。
村山章 ★★★★☆
人間はライトなノリでザクザク死んでいくけれど、ベアサイドにしてみれば100%コカインを撒き散らした人間が悪い。特に原因が語られないベアの顔についた傷跡からも、単にハイになったベアが暴れる映画ではなかろう。スピルバーグはサメを凶悪な怪物扱いして悪いイメージを与えてしまったと後悔していたが、本作はベアを搾取的に扱ってはいない。大自然に対してフェアなスタンス、大変よろしいのではないでしょうか!
室千草 ★★★☆☆
レイ・リオッタの遺作がこの映画なんて! 終盤のレイ・リオッタなんて感動すら覚えてしまい平和な気持ちになる。それって、どの人物(まして熊も)もフェアに描かれているからなのか? 80年代のあの日不良にメンチ切られた京都スカラ座、ペンキで劇画風に描かれたキメキメなコカイン・ベアさんの映画看板を眺めながら、「えーなぁ」と税に入りタバコをふかす自分(吸わんけど)まで妄想してしまうほどジーンとなる作品だった。
フローラとマックス
2023年/アメリカ 9月29日配信(Apple TV+)
監督:ジョン・カーニー
出演:イヴ・ヒューソン、ジャック・レイナー、ジョセフ・ゴードン=レヴィット
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ダブリンに住む母子が音楽を通じて心を通わせていくヒューマンドラマ。息子の反抗期に悩むシングルマザーのフローラ。ある日、古いアコースティックギターとロサンゼルス在住のミュージシャンと出会い、停滞気味な人生に変化が訪れる。
さとうかずみ ★★★★☆
榎本志津子 ★★★★★
聴く、歌う、踊る、演奏する、作る。時代の流れで在りかたが変わっても、音楽のもつ普遍的な楽しさが全部、ずっと物語の中で鳴り響いている。主人公フローラは、本邦なら毒親の烙印を押されて炎上待ったなし女だし、息子のマックスも問題しか起こさない。クソでしかない毎日の中で、それでも音楽に真摯に向かい合った彼らが紡ぐ曲の美しさといったら! 音楽という現象がたびたび起こす奇跡を、目に見える形に表した愛すべき一本。
Taul ★★★☆☆
音楽が必要な状況、生まれる瞬間、一緒に奏でられる喜びが、ドラマの中に自然に収まっていてとにかく観てて心地いい。ネットやアプリを使って距離や年代を超えるのも今風。素敵なシーンだなと思うと、実際のステージでなくても、登場人物たちの動きが舞台でパフォーマンスしてるかのように演出されている。安定のジョン・カーニー劇場だったが、これまでと似てるし想定内。音楽映画でいいので次は違う作りのものを観たい。
マリオン ★★★★☆
衝突ばかりしてしまう母と息子の変化と音楽が生まれていく過程が重ねられていてとてもエモーショナル。使う楽器や好みのジャンルは違っていても垣根を越えて音楽を作れることに気づいたとき、お互いの苦労や後悔を分かち合える。クライマックスはまるで2人の人生すべてが報われたかのような高揚感に包まれ、心が熱くなった。ままならない人生を生きるすべての人に音楽という名の煌めきを添えるジョン・カーニーらしい一本。
みえ ★★★★☆
音楽で心は通じ合うし、一緒に曲を作っていく過程で互いにわかりあえるし、そのときの心の触れ合いはとびきり楽しいし豊かだし。文字にすると、我ながらなんて陳腐なことを言っているんだと思うけど、ジョン・カーニー監督の手にかかれば、こんなメッセージがオリジナルの劇中歌に乗せてストレートに届く。曲が少しずつできていくのにあわせて、互いの関係も前向きになって、元気をもらえるすがすがしい映画だった。
村山章 ★★★★☆
イヴ・ヒューソンはいつも「はち切れそうな言いたいことをギリギリで押し留めているような瞳」をしている。本作のいささかステレオタイプなシングルマザーにも奥行きが生まれていて、彼女を選んだ時点で勝ちは見えたんじゃないか。「他人の曲をブラッシュアップさせるアイデアマン」という主人公像は音楽映画でも珍しく、音楽作りの喜びのあまり語られていない一面かと。『ONCE』以降のカーニー作品では一番好感度が髙いです。
室千草 ★★★★☆
『瞳の奥に』と『(500)日のサマー』がちらつき、時折『ミッドサマー』が絡んでくる。最初は出演者の過去作の強烈さに引きずられて苦労したが、果てしなく爽やかですっきりと見れてしまう、まさにジョン・カーニー節。さりげなくダブリンの路上や、団地の前で若者が暇そうに時間を潰しているカット等、表面には見えない多層的な社会を画面にサラーとレイヤー多目で描くところ、なんかとても感動してしまった。
シック・オブ・マイセルフ
2022年/ノルウェー、スウェーデン、デンマーク、フランス 10月13日公開
監督:クリストファー・ボルグリ
出演:クリスティン・クヤトゥ・ソープ、エイリック・セザー、ファニー・ベイガー
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強い承認欲求に駆られた女性の狂気を描いた寓話的ホラー。アーティストである彼氏の影に隠れ、激しい嫉妬と不安を抱くシグネ。周囲の関心を勝ち取るために違法薬物の副作用を利用するが、体は悲鳴を上げていた。
さとうかずみ ★★★★☆
榎本志津子 ★★☆☆☆
みんなの注目を集めてチヤホヤされたい人間は、SNSをはじめ至るところにいるけれど、その醜悪さ、幼稚さが最大限に描かれる。主人公シグネも、彼女を踏み台にすることで自分アゲする彼氏もどっちも最低最悪で、よくお似合いだし、最終的に迎える局面は「そらそうよ」としか言いようがない。個人的には、この作品の病気や障がいを持つ人々に向ける眼差しや描写がひたすら不快で、思わぬところで自分の倫理観に向き合わされた。
Taul ★★★☆☆
監督によると皮膚病を喜ぶ女性のイメージが発端とのこと。過去の短編もボディホラー風が多く、ワンアイデアの見た目のインパクトから不穏な展開に持っていくのが得意なよう。さらに本作は意地悪な仕掛けが多く、「私の有様を見て」ならぬ「私の嫌な映画を見て」の監督自身の承認欲求を感じた。強引で鼻につくも、次作はアリ・アスター製作のA24作品でその引きは大成功。北欧から嫌な気分にさせる監督がまた一人登場だ。
マリオン ★★★☆☆
グロテスクな手法で特別な私を演出するシグネの浅はかさや強迫観念は承認欲求や自己顕示欲への焚きつけが原動力となるSNS社会らしい事象だと思う。ただ、シグネよりも彼女に集まる視線がずっと気になる。彼女の異常性に気づきながらも楽しんでいる彼氏の視線。上辺だけの多様性を掲げるモデル事務所の社長の視線。そして、この映画を見ている観客の視線。そういった視線の方がグロテスクでおぞましいものに見えてしまう。
みえ ★★★★★
主人公に何ひとつ共感できないのに、これほど楽しめる映画があるのか、と驚いた。価値判断の基準を常に自分の外側に置いてしまう人の習性が事細かに描かれて、わかる!こういう人いる!と頷きっぱなし。逆に、自分はこれが好き、誰に何と言われようとこうしたい、といった自分軸で動く私にとって、現実でこの種の人の相手をするのは何も面白くないし、面倒でしかない。でも、それを映画で観る分には楽しくて仕方なかった。
村山章 ★★★★☆
SNS時代の自意識過剰女子の暴走スリラーかと思ったら、実はもっと根深い病巣を突いた、かつ薄っぺらいバカばかりを描いたブラックコメディで超愉快。登場人物のほぼ全員がバカだが、とにかく主人公カップルが飛び抜けてバカ。最初はイラつくだけだった男の方なんて、今年観た映画でも屈指のペラッペラ野郎で一挙手一投足から目が離せない。浅はかさが似合い過ぎるナルシシストなイケメンっぷりも含めて、もはや好きかも。
室千草 ★★★★★
「ナルシシズムと嫉妬」を、過剰な異形表現で感情をこれでもかとエグってくるのだけど、見て数日経つとストンと腹に収まる映画だった。あら不思議。割と普遍的な話だ。お互いを煽りすぎ、共依存関係で出口が見えないおバカカップル。ある意味笑えない話だ。そんな笑えない話を明度高めな北欧の風景で描くからちょっと不均衡なバランスで面白かった。その明るさのバランスが絶妙なのだ。
『アリスとテレス』、★評価は低くつけたけど、映画体験としては唯一無二を味わえたので、その意味での★は無限大。映画を観てあんなにぐったりするほど身を震わせたのは人生初だよ。
衣替えをすると、春秋のいい時節のものが少なくなっていってるのに気付く。暑いか寒いかの気候のせいもあるが、お決まりの楽な装いに頼り過ぎだなあ。
12月、横浜で映画BARを開催することになりました。しかも、お昼には年間ベストをテーマにポッドキャストの公開収録もやります。2度目の関東遠征、とても楽しみです。
2ヶ月お休みしましたが、8月の『マイ・エレメント』評を書いたので、村山さんの枠を奪って載せます。星は3つ。【過去は水に流し、未来へ情熱を燃やす。そんな映画だったかどうかはさておき、こんなことを口走りたくなるくらい、水や火にまつわる言葉遊びが楽しい。→
→それと科学ネタの充実っぷり。蒸発や融解などの状態変化、気球の原理、炎色反応、炎の色と温度の関係、水による光の屈折など、小中学校の理科で習う基本的な物理現象をひたすら散りばめて見せる。『Elemental』の原題そのまんまに作り込まれた細部に感動した。】※ みえさんの『マイ・エレメント』評、いい!(村山)
来年発表する作品の為のプロット修正を繰り返していてまじ苦しいこの頃。映画に☆つけるのに苦手意識があったのですが、お誘い頂きレビュー挑戦したらむちゃ喜びがありました。
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