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イニシェリン島の精霊 ↗
2022年/イギリス 1月27日公開
監督:マーティン・マクドナー
出演:コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン、ケリー・コンドン
1923年のアイルランド。イニシェリン島の羊飼いパードリックは、ある日突然親友のコルムから絶縁を宣言されてしまう。理由もわからないまま仲直りしようと奮闘するが、すべて裏目に出てしまい……。『スリー・ビルボード』のマクドナー監督が自筆の未上演戯曲を映画化したブラックコメディ。
さとうかずみ ★★★☆☆
Taul ★★★★☆
100年前の孤島でのオッサンたちのいがみ合い。高みの見物を決め込んでいたら、ふいに頬をぶたれるような残酷描写が来て引き込まれた。コルムの孤高への憧れには共感するし、パードリックの愚鈍に生きるしかないさまが愛おしい。自分には先が見えてきた人生への「あがき」として実に切実な味わいがあった。登場人物に感情移入するのもいいし、作劇の比喩や構造を考えるのも楽しい。それらが頭の中をぐるぐる回る面白さだ。
マリオン ★★★☆☆
どうしてもパードリックのことが忘れられない。居心地のいい現状に甘えてしまう優しいだけが取り柄の退屈な男に自分を重ねてしまった。自分のしょうもなさを変えたいと思っているけど、行動に移すほどの強い意志はない。結局、現状維持に落ち着いてしまい、自己嫌悪してしまう。そんな自分の中にある負の感情を思い出さずにはいられなかった。僕もこのままイニシェリン島に囚われてしまいそうだ…。
みえ ★★★☆☆
価値観の異なる者同士、相手が大切に思うものを理解できないから、意図せず相手を傷つける。小さなきっかけが暴走した先には、取り返しのつかない決裂がある。でも、もはや修復不可能な間柄になりながら、今後も隣り合って関わり続けるのだろうなと思えるところが良い。遠くで砲撃が聞こえる内戦も、同じように衝突と停戦を繰り返してきたのかもしれないと頷く。しかし、小さな島で話も小さく収まったように思えて物足りなかった。
村山章 ★★★★☆
現状に甘んじていたい者、停滞から抜け出したいが道を見つけられない者、未来を求めて立ち去る者。三者三様のスタンスと閉塞感ただよう島の有り様は、アイルランドの歴史や文化の戯画化なのだろうが、われわれが生きる現実社会にはびこる断絶ともたやすく重なって辛い。あとアイルランドが絡む映画って主人公が別天地に旅立ちがちだが、この中年二人にその気が皆無なのが新鮮で、なおかつ現実味ありすぎて凹むポイントでもある。
りえ ★★★★☆
「精霊とはこの島に絡みついてしまった人のことなのか。」小さな離島に起こる小さな出来事が想像を超える異様な展開に。親友だったのに価値観が変わったことで、違いを許せず苦しみが始まる。意固地になる行動や人々の噂話が、島の閑散とした自然と相まって不穏な空気感が漂う。許せないという執着がこの島で生きる宿命なのかとすら感じ、私自身にも島の冷たい風が始終当たっているような緊張感を味わう作品だった。
バンバン! ↗
2014年/インド 2月10日公開
監督:シッダールト・アーナンド
出演:リティク・ローシャン、カトリーナ・カイフ
地方の銀行で働くハルリーンは地元の町しか知らずに地味な毎日を送っていたが、警察と犯罪組織に追われている大泥棒ラージヴィールと出会い、世界を駆け回る危険な冒険に連れ出される。トム・クルーズ主演のアクションコメディ『ナイト&デイ』を、ボリウッドを代表する2大スターの共演でリメイク。
さとうかずみ ★★★☆☆
Taul ★★★☆☆
リメイク元の『ナイト&デイ』はハリウッドスターが自身のイメージを演じたメタ映画。こちらはそんな趣向を飛び越え、元ネタを使ってインド映画の得意なケレン味をこれでもかとやりきった印象。美男美女が世界各地で暴れまくり踊りまくる。2人の「映え」を追求したInstagramムービーのよう。あまりに荒唐無稽だし展開も早くて、もう少しツッコむ隙間がほしかったくらい。トム・クルーズ映画が奥ゆかしく思えた。
マリオン ★★☆☆☆
リティク・ローシャンの肉体美やノリノリな歌と踊り、トンチキなアクションが夢のような世界に連れて行ってくれる。確かに、夢見る「いつか」を叶えてくれる歌って踊れるかっこいいナイスガイがいたら、毎日が楽しいだろう。しかし、物語としては『ナイト&デイ』以上に強引で荒唐無稽になってしまった。ただ、ここまで雰囲気が違うのなら、気分で選ぶのも楽しいかもしれない。「今日はトムで、明日はリティク」みたいな感じで。
みえ ★★★☆☆
イケメンのせいで世界を揺るがす事件に美女がうっかり巻き込まれる。状況を飲み込めず勘違いを繰り返す美女と、彼女を利用しているかと思えば振り回されるイケメンのやり取りはコミカル。派手なアクションも満載。2時間半の長尺も、楽しいからまあいっか!って気分になる。軽やかさは『ナイト&デイ』に比べて減った気がする。でも、鍛え上げた筋肉や身体のラインを存分に見せて歌い踊るのは、インド映画ならではの良さだった。
村山章 ★★★★☆
リティク・ローシャンがサイボーグ級のシックスパックを誇る大人気スターなのは知っていたが、もはやひとカケラの現実味も感じさせないのが凄い。筋肉だけの話にあらず。キレキレのダンスムーブに水上アクションの超人技、しかもあの灰色とも緑ともつかないエキゾチックな瞳でこちらを見やがる。リメイクとしてオリジナルを凌駕してないしトム・クルーズの狂気にも及んではいないが、このイケメン芸は国宝にしてスター映画の真髄。
りえ ★★★★★
「結局、気づけばメインディッシュばっかり出てきた」そんな押ししかない本作品はオリジナルを約40分を越えて、ひたすらアクション、歌、ダンスをお腹いっぱい見せてくれる。要になる主演リティック・ローシャンのダンスとアクションは余すところなく優れた身体能力が披露され、これでもかというベタな魅力が病みつきに。ワクワクとキュンキュンは生きる活力と教えてくれた作品。私の心のコヒヌールも盗まれました(笑)。
別れる決心 ↗
2022年/韓国 2月17日公開
監督:パク・チャヌク
出演:パク・ヘイル、タン・ウェイ、イ・ジョンヒョン
中年男性が山頂から転落して死亡。刑事のヘジュンは、被害者の妻で若く美しい中国人女性ソレの犯行を疑い、張り込みをするうちにミステリアスで蠱惑的なソレに惹かれていく。しかし彼女のアリバイを崩す証拠を見つけてしまい……。第75回カンヌ国際映画祭で監督賞に輝いたラブサスペンス。
さとうかずみ ★★★★★
Taul ★★★☆☆
被疑者の女性に惑わされる刑事という古典的な物語。それをパク・チャヌクはめくるめく意味深ショットの連続で語っていく。すべてが謎めいていて終盤は白昼夢を見てるような気分に。スマートフォンを活用したデジタル時代のミステリーとしても面白い。ただ演出の技巧に囚われ過ぎたせいか話自体がうまくつかめなかった。謎めいた愛も優雅な描写のほうが好み。でもタン・ウェイはとても魅力的だったし、もう1回見たいところだ。
マリオン ★★★★★
ストーリーは難しくないのに、見終わった後には謎ばかり残るという不思議な映画体験。刑事の男と容疑者の女のやり取りは、お互いに相手の真意が読めずにすれ違う。男は「完全に崩壊しました」なんて言うくせに自分が女の運命を狂わせていることに気づいていなかったり、女は度を越したやり方で男に自分を刻み込もうと躍起になったりともうめちゃくちゃ。でも、愛を持ち出されると僕はすべてに納得してしまうのだった。
みえ ★★★★☆
殺人事件を追う刑事が、被疑者の女性の魅力に絡めとられていく。訳も分からず惹かれる姿に納得してしまうのは、画面の色づかいの美しさに圧倒的な説得力を持たせているからだと思えて新鮮だった。物語と一見無関係に登場するクラゲが、青い海をほのかな橙色で照らし漂う姿に、思わず見とれる。それは、青地の壁に暖色系の模様が入った部屋で、刑事が女性に惹かれる姿と重なる。観ているこちらも、画面に惑わされながら魅了された。
村山章 ★★★★★
夫殺しの嫌疑をかけられた女と担当刑事の禁断ラブ。外面はよくあるノワール物だが、この世に主人公がスッポンに噛まれてアーッ!となるノワールとならないノワールがあったらどちらを観たいですか? 自分は確実にスッポンに噛まれる方で、本作は比喩レベルでなくスッポンに噛まれる側。一事が万事、深刻な素振りでガンガン笑わせにくるのでマジで油断ならない。タン・ウェイの男心を揺さぶるファムファタル像もベタだけど至芸。
りえ ★★★★★
「一つひとつの表情や言葉に心が揺れ動く。」主人公の刑事は妻帯者であり、相手は容疑者というタブーを超えて惹かれる気持ちが抑えられない。張り込みシーンでは遠くから見ている刑事がまるで隣に座っているような映像で容疑者に惹かれていることを表現するなど、二人の距離感を独得の視点で展開する。彼女は彼を愛しているのか、利用しているだけなのか。息づかい、表情、山と海。セリフのない場面に宿る二人の心を感じて。
バビロン ↗
2022年/アメリカ 2月10日公開
監督:デイミアン・チャゼル
出演:ブラッド・ピット、マーゴット・ロビー、ディエゴ・カルヴァ
※実際の発音は「デイミアン・シャゼル」「マーゴ・ロビー」が近いですが、文中では混乱を避けるため日本の一般的な表記に合わせています
『ラ・ラ・ランド』のチャゼル監督が、サイレントからトーキーへと移り変わる1920年代の映画業界を舞台にした歴史大作。時代に取り残される大スター、野心あふれる新進女優、業界の大物を目指す移民の青年ら、映画に魅せられた者たちの群像劇を通じてハリウッド黄金期の狂騒を映し出す。
さとうかずみ ★★★☆☆
Taul ★★★★☆
チャゼル版『雨に唄えば』だ。あちらが明るくトーキーに移行する成功譚なら、こちらはその波に乗り切れず、ハリウッドの闇に消えた者たちへの鎮魂歌。チャゼルは自分もたまたま上手くいってるだけだと諸行無常を感じてるのかも。でも最後にスパークするチャゼル。自分の映画への愛は映画という概念の一部になり永遠に続いていくのだ、といった思いを恥ずかしげもなくぶちまける。そんな彼の自己愛に満ちた映画愛、嫌いになれない。
マリオン ★★★★★
1920年代ハリウッドを生きた人々の話だったはずなのに、結果的にデイミアン・チャゼル監督自身が脈々と続く映画の殿堂に溶け込んでいたいという願望が浮かび上がる。数々の名作映画のワンシーンを使ってまで壮大な思いをぶちまけるなんて恐れ知らずでヤバすぎる。小っ恥ずかしいとか自己愛が強すぎるとか言われそうだが、ここまで巨大すぎる感情をロマンチックにぶつけられたら、セカイ系好きとして愛さずにはいられない。
みえ ★★★☆☆
映画がもたらす夢や魔法に魅せられた人々が、映画業界で繰り広げる狂乱。時代とともに移ろう名声、時代を超えて残る映画、すべてを抱えるハリウッド。こんな話を畳みかけるように見せる群像劇は、長尺ながら飽きない。ただ、結局のところ3時間以上かけて観たものは、『雨に唄えば』の下品な翻案で『ラ・ラ・ランド』の続編に思えて残念。とはいえデイミアン・チャゼル監督は本当に映画が好きなんだなと思えて憎めない。
村山章 ★★★☆☆
チャゼル監督は時代考証に相当こだわったそうだが、『ラ・ラ・ランド』がチャゼル目線で描いた架空のLAだったように、本作の露悪に満ちたハリウッドも多分に二次創作的。チャゼルユニバースに存在する別次元と捉えたほうがいい。ただ見たいものを追求する貪欲さ、当たって砕けろでリスクを恐れぬやりたい放題のスケール感に目を瞠る。音楽担当が同じこともあってスコアがほぼ『ラ・ラ・ランド』なのも非実在感を増してるよな。
りえ ★★★★☆
「こんな映画愛の表現だっていいじゃない」ハリウッド黄金期を舞台に登場する人達の強欲さと煌めき。豪華なパーティーと活気溢れる撮影現場が、混沌としたおもちゃ箱をひっくり返したような賑やかさを感じる。またトーキーへ移り変わる栄枯盛衰は、現代の二極化を感じ、この時代だからこそ、生まれるべくして生まれた作品かもしれない。歓喜と悲惨さの両方を表現していることが誠実さにも思えて、これもやはり映画賛歌。
コンパートメント No.6 ↗
2021年/フィンランド、ロシア、エストニア、ドイツ 2月10日公開
監督:ユホ・クオスマネン
出演:セイディ・ハーラ、ユーリー・ボリソフ
1990年代のロシア。最北端の駅を目指す一人旅に出た留学生のラウラは、列車のコンパートメントで炭鉱労働者のリョーハと一緒になる。最初は粗暴なリョーハに呆れるが、次第に互いを理解し、交流が生まれていく。第74回カンヌ国際映画祭グランプリ受賞作品。
さとうかずみ ★★☆☆☆
Taul ★★★★☆
あまりに無防備な女性の一人旅。粗野な男との顛末もうまく行き過ぎに思える。昔の鉄道旅行は人と触れ合えて良かったという郷愁だけでなく、他者との境界線を引きたがる現代へのアンチテーゼがあるのだろう。出会いの中で揺れ動く心情描写が実に誠実。人との温もりを感じる交流は自分の心を豊かにすることに帰ってくる、そんな希望が素直に受け取れた。クオスマネン監督、『オリ・マキ』に続き素敵な人生の旅映画だった。
マリオン ★★★☆☆
窮屈な客車と寒々しい光景は登場人物たちの寄る辺ない心情を繊細に映し、旅が持つ豊かな情緒を思い出させてくれる。旅で築いたその場限りの繋がりが孤独を癒してくれたり、移動中に自分のことをじっくり考えてみたり、日常では味わえない出来事に心が動いてしまったり。そういった経験がペトログリフのようにこれからの人生に刻まれていくのだと思った。
みえ ★★★☆☆
寝台列車の旅で同室になった酔っ払いのロシア人男性は、こんな奴と朝まで一緒なんて無理!と思うほど不作法な奴。でも根はいい奴だと思える場面が積み重なり、距離が縮まる過程が面白い。とはいえ冒頭であれほど怖い思いをさせられて、簡単に心を許せるものか。途中で現れた別の男性を同郷というだけで信用するのも、あり得ない。私の警戒心が強いせいかもしれないけれど、監督が男性だから違和感を抱けないのかなと思った。
村山章 ★★★★☆
ロシアでも『タイタニック』がヒットした98年頃。ネットも携帯もまだまだな時代。狭いコンパートメントに乗り合わせ、束の間交流したりしなかったりしてバラけていく。90年代にバックパッカーだった者としては当時の旅の感覚が蘇るタイムカプセル。現代の視点だと男の粗野な振る舞いは絶対アウトだが、時代背景を知ると外国人女性を売春婦扱いするのはいかにもありそうな反応で、互いに先入観を乗り越えていくお話だなと。
りえ ★★★☆☆
「人生はうまくいかない。だけど、新しい喜びに出会うことはできる。」期待していた列車旅はトラブルと人間不信のオンパレード。粗雑な同室の男性に振り回されながらも、優しい人だと気づき、ふっと恋心が芽生える。そんな雨の日に小さな花を見つけるような喜びにも助けられ、自分を強く持てるようになる。人生ってこんな感じかもしれないね。男女の恋愛というより、仲の良い子どもを見ているような純粋さがそこにあった。
ひとことふたこと
コンセッションでコーヒー買って劇場に入ることが多いんですが、飲み忘れてることがたまにある。もったいないけど、それ程夢中になれたんだという充足感があって、いいんですよね。
久しぶりに短歌を書きました。『イニシェリン島の精霊』のパードリックのことを想って。
退屈な奴とアイツは言うけれど 優しいだけじゃダメだったのかい?
今月初めてキネカ大森を訪れたら、良い映画館すぎて感激。大阪から朝イチで直行して名画座2本立てなら、終わってもまだお昼。羽田~キネカ大森、クセになりそう。
先日ノロに罹患し、身体が体内のものをすべて拒絶して吐き出した。生まれ変わった感ある。新章突入。ニューアキラのめざめ。
「バンバン」のトゥメリが踊りたくて、マサラ上映に参加するため、赤いワンピをメルカリで買いました。自分の好きを表現する映画体験って素敵だなと思います。